瀬戸内的!本の紹介⑤
第5回「折々のうた」大岡信 著(岩波新書)
2017年、春〜夏。3年前のちょうど今頃、私は香川と長野を何度も行ったり来たりしていました。
長野県大町市で開催された「北アルプス国際芸術祭」の準備のためです。高松駅でうどんを食べ8時に出発、瀬戸大橋を渡り、岡山駅で新幹線に乗り換え、名古屋駅できしめんを食べ特急に乗り換え、松本駅でさらに単線に乗り換えて、14時すぎに信濃大町駅に着くまでの半日の旅。
家を出る時、いつも近くにある本を何冊かカバンに詰めて出発するのですが、その中に「折々のうた」(大岡 信 著 岩波新書 1980)が入っていました。手に収まる新書サイズ、俳句や短歌、詩などが並んでいます。作者はバラバラ。それぞれの詩歌のうしろに著者による解説があります。ふーん、俳句ねぇ、ムズカシそうねぇ。でも持ってきちゃったし、読まないと荷物になるだけだし、時間はたっぷりあるし、読むかねぇ。電車に揺られながらパラパラめくると、へー、聖徳太子、小野小町、小林一茶、宮沢賢治、寺山修二、中原中也ねぇ、、、どうしても知っている名前に目が止まります。年代もバラバラだな。よみ人知らず、防人の妻、なんてものもあって、有名じゃない人の作品もあるのか。どうやってそれを記録したんだろうか。なんてことを考えながら、いい加減に読んでいると、目に飛び込んできた1句。
「天の海に 雲の波立ち月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ」
SF? UFO? 宇宙? 一瞬にして目の前に壮大な景色が広がった瞬間。ビビっときました。
現代の人が詠んだ詩でしょ〜。おっしゃれ〜。と、作者名をみて、さらに目が点。
柿 本 人 麻 呂
カキノモトノヒトマロ?知ってる。沙弥島に来た人だ。万葉集に出てくる人。と、いうことは、今から1300年前の句?!長明さんの時代のさらに500年前!ホント!? その時代に宇宙を詠んだの!?
たった1句にガツンとやられてしまった私。夢中で読み進めると、他にもイイな。と思う詩歌がたくさんでてきました。難しい昔の言葉は、大岡さんがわかりやすく解説してくれるので安心して読めます。
好都合だったのが、この本が、乗り換えが多い電車旅で、途中で読むのを止めても、次にどこからでも読めるアンソロジーだったということでした。だから何度も同じ場所を読んだり、ページを飛ばしたり、うっかり元に戻ったり。その度に発見がありました。そうゆう読み方ができる本で、私はページをめくって「天の海に〜」が出てくると嬉しくなり、何度も何度も読み返しました。イメージは膨らみ、夜の静かな海で宇宙を見上げている美しい情景が、頭の中に広がっていきました。当時は街の明かりがなかったから、月や星の光がいっそう綺麗だったろうなぁ。私の中で天の海は、瀬戸内の海になっていたのです。
2019年、瀬戸内国際芸術祭の春会期。沙弥島ではロシアのアーティスト レオニート・チシコフの「月と塩をめぐる3つの作品」が発表されました。シチコフさんがモチーフにしてきた月と、かつて沙弥島周辺に広がっていた塩田と、沙弥島を訪れ和歌を残している柿本人麻呂をテーマにしたものです。沙弥小・中学校の教室を巧みに使った、とても美しい作品でした。一番奥の教室には、木の船と大きな光る三日月、そして黒板に白いチョークで書かれていたのが「天の海に 雲の波立ち月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ」。一瞬にして、電車の中で描いた世界が広がりました。そして、海を渡ってはるばる日本にきたロシアのアーティストが、その世界を作品にしているということに感動しました。
この本の著者は、日本を代表する詩人で評論家の大岡信さんです。「折々のうた」は、もともと朝日新聞の朝刊1面に連載していたコラム。5センチ角くらいのスペースに、詩歌の紹介と解説を毎日掲載していました。このコラムの書籍版が「折々のうた」。第1巻は1979年から1年間の350回分をまとめたものです。春のうた、夏のうた、秋のうた、冬のうた、の4つに分けられていて季節を感じられるのも、とても日本的ですね。調べてみると、万葉集の一部や平安時代に編纂された古今和歌集も、春夏秋冬のテーマ別に分かれているよう。日本人の四季に対する親しみや好みは、いつの時代も変わらないんですね。変わらないと言えば、1300年前に人麻呂さんが見上げた夜空、目の前に広がる瀬戸内海の景色。電車の中にいながらも、一瞬で1000年の時空を容易に飛び越えちゃう素敵な句。この句のおかげでますます瀬戸内が好きになりましたが、あくまで瀬戸内と思い込んでいるのは私の勝手ですのであしからず。
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●四国新聞 北川フラム連載「瀬戸内物語」99
4回目の瀬戸内国際芸術祭2019開幕直前の回。この時に掲載した写真がまさしく、私の理想の天の海!星の林!瀬戸内の夜!(と、勝手に思っているだけです)
TEXT: 甘利彩子